他人の子を育てる

現在の日本においても他人の子供の面倒をみることは大変なことです。戦後、中国に残された子供たちはどのような生活を送ったのでしょう。

中国人の慈悲の心

他人の子を育てる

戦争と言えば野坂昭如氏の「火垂るの墓」が毎年放映されますが、何度見ても悲しいお話ですね。中でも一番許し難いのは、両親を亡くし身を寄せた親戚の対応ではないでしょうか。これは経験談からなるものらしいので多少自分の落ち度は棚に上げているとして、「ごくつぶし」呼ばわりされ母の形見の着物を売る時だけ少し愛想がよくなり、着物で換えたお米をほんの少しだけくれるのです。

自分の子とわけ隔てして、献立やメニューにも差をつけたりしていました。これは血を分けた血縁者のとる行動でしょうか。苦しい時こそ助け合い慈しみあって生きなければならないのではないでしょうか。

その点、残留孤児の方を育ててくださった中国人、そして中国と言うおおきな国、その懐の深さに感謝をせずにはいられません。上記のように血縁者にさえも優しくなれない人間と、自分たちを侵略し植民地化したにも関わらず、捨て置かれた子を育ててくれた中国の方。当時満洲の日本人たちの生活圏には「犬と中国人入るべからず」のような看板さえ立てられていたと言います。

労働力として扱われたとしても、まだ貧しかった戦後の中国で親の仇と思われても仕方のない日本人の子供を育ててくれたのです。中には「大地の子」のモデルの方のようにきちんと大学へも通わせてもらった方もいたのです。

他人の子、しかもなんの血縁も無く、民族すら異なるとしたら、その子を育てることは容易ではなかったことでしょう。

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